アルパカについて
 

アルパカの生息する最高高度は4000数百メートルまでです。これ以上の高度にも存在可能ですが、人が飼育する場合は、水が日中凍らない高度であることの制限から、上限がこのあたりなのです。酸素の量は地上の6割程度しかありません。人間もこれ以上の高度では日常生活がおくれなくなれます。この高度に住める先住民はヒマラヤも含め、世界中でペルーとボリビアだけです。アンデスは南回帰線近くにありますから、この高度でも日中は年間で数度から10度ぐらいまで暖かくなります。しかし一日の温度差は、年間の平均温度差よりもかなり大きく、早朝は真冬でマイナス10度から20度ぐらいまで簡単に下がってしまいます。

つまりアルパカの糸はこれだけの温度差に耐えることができるので、たとえば北極グマやカシミヤの繊維などとは本質的に違います。この温度差が柔軟性のあるごく細い、およそ20数ミクロンの糸を育むのです。つまりアルパカの糸は伸縮性、柔軟性、保温性、温度変化に耐える素材性を兼ね備えた唯一の天然素材といえます。私たちはその糸の中でも更に細く、柔らかい糸を常に求めています。アルパカの糸の選定から糸の紡ぎまでこだわっているメーカーは、日本人では私たちだけではないでしょうか。妥協を許さず、こだわりの商品を作り続けることが私たちの仕事です。


ベビーアルパカ


 草木染めについて更に詳しく
 

草木染めの染色剤はどういうものが使われているのでしょうか。花、果物の皮、高度3000数百メートル以上の高度で採取されたハーブ、その他の草木などを使用しています。面白いのはバリェと呼ばれる高度2000メートル台の渓谷にある野生のサボテンに生息するコチニリャ、日本語でエンジ虫といわれる赤紫色の虫を乾燥させ、この汁を煮沸させ、フィルターで濾しながら、糸に染めつけます。このきわめてユニークな染色剤は、インカの貴族の服の染色にも使われました。またメキシコもサボテンが多いので、昔から使われています。しかし今は前にも述べたように、これらの技術は時代とともにほとんど使われなくなってしまいました。しかしこれらの自然の染色剤で染めた糸の色やトーンは、現在のいかなる科学的な染料でも表現できないほど美しく、価値のあるものといえます。これらの染料を二度、三度と染めていくと、同じ色でもトーンが変わっていき、芸術的ともいえるほど美しい色に仕上がります。

また先住民が忘れつつあるこの染色剤や技術を私たち外国人がよみがえらせ、販路を広げ、広く海外に知らしめることは有意義な仕事です。たとえば日本人が忘れつつある地方の伝統技術を都会からきた若者がその素晴らしさを見出し、村の長老たちから教わり、現代にみがえらせる仕事に似ています。私たちの草木染めは、これらの自然の染色剤を使い、白やベージュや明るいグレーなど、天然色の糸に染めつけます。編み込むときに、これら草木染めの糸に、ナチュラルカラー、つまり染めていない自然のアルパカの糸を混ぜたりすると非常に色がマッチし、きれいに仕上がります。

また、この草木染めにマッチしたデザインを施すのも私たちの仕事です。そのためにはボリビアやペルーの各地の伝統のデザインを勉強しなおすことも必要でした。ボリビアの奥地で、現在でいえばテキスタイルデザイナー、グラフィックデザイナーにあたる過去の名匠たちのデザインに出会ったりすると感動的です。なぜならどの時代にもその地方独特の素晴らしい才能のある意匠家たちが存在するからです。どこからこのような素晴らしい意匠の発想が生まれたのでしょうか。

また日本の3倍強の面積をもつボリビアやペルーは、何十もの少数民族が存在し、それぞれの民族が、全く別個の伝統意匠をもっているのも興味深いことです。もちろんそれに加えインカやプレインカの各時代の文化が生んだ独自の意匠も存在します。これらは一生かかってもすべてを勉強することはできないほどです。しかしこれらの意匠と、草木染めの糸はマッチするものが多く、時代、地方、国、民族を越えてクロスオーバーさせることができます。


エンジ虫


染める前に葉を石でたたいて、色が出やすいようにする。


葉を煮出した染色液をだす。


染める前のアルパカ糸


 ラパス市とインディヘナの生活状況。
 

世界最高高度に位置するボリビアの首都ラパス市は、平均高度3600メートル台、最高はアルトラパス市で高度は4000メートルを超えます。ちなみに世界第二位はエクアドルのキトで2800メートルです。インカの首都であったクスコ市ですら3400メートルですから、いかにラパスがずば抜けて高いかわかります。ここに120万人もの人々が生活しています。このことは驚きですが、南回帰線の下あたりに位置するため、ラパスの中心地で日中 は10数度から20度ぐらいまで気温が上がります。もっとも夜から早朝にかけては非常に冷え込みます。アルトラパス市ではよく零下まで気温が下がります。

ボリビアは南米最貧国で、貧富の差は非常に激しく、貧しい人々の生活ぶりは悲惨なものです。中心地で高層ビルと車のラッシュを見ていると、ここが高度3000数百メートルであることを忘れてしまい、つい地上と同じスピードで歩いてしまい、高山病にかかってしまうことすらあります。何しろここは地上の酸素の三分の二しかないのですから。ひとたび貧しいエリアやアルトラパス、またそこからずっと伸びるアルティプラノとよばれる3800から4300メートルぐらいの、ほぼまっ平らな高原大地に行くと、ここが南米最貧国であることが実感できます。

そこには先住民しか住んでいません。ラパスやチチカカ湖周辺はアイマラ族、コチャバンバ市から先はケチュア族、低地にはグアラニ族などが生活し、彼らは独自の言葉を話し合っています。スペイン語は公用語ですが、田舎に行くとスペイン語を話せない人も多く存在します。田舎の仕事は農業、牧畜、金の採取ぐらいしかなく、ほとんどの田舎のボリビア人は国が決めた最低賃金である月に数千円よりもはるかに低い収入しか得ていません。 この月に数千円というのも驚かれるかもしれませんが。先住民族の現金収入は月に千円にもなっていません。生活は何世紀にも渡り改善されていません。

まだまだ物々交換の世界も存在します。この国は特に地方に行くとインカの時代に遡っているようです。田舎にいたっては子供を食べさせられないことも多く、先進国の夫婦で子供ができない人々などがこの国に団体できて、養子として連れて行くことも普通です。農民などがラパスなどの都会に出ると、最貧層に甘んじて生活していくことになります。何しろ義務教育も全く受けられない層もあるのですから。都会に行っても男はせいぜい一回数円から10円程度しか稼げない担ぎ人夫、女性は住み込みのお手伝いさんになるくらいです。食事つきなので給与はほとんどありません。それでも仕事にありつければ運がよいほうです。乞食になる人も多く見受けられます。日本にいるとこういうこととは無縁ですから理解するのは難しいとは思いますが・・・・



イリマニの山

 


サガルナガ通り

 


インディヘナの家族